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スマート育種とは何を変えようとするのか
品種づくりの基本工程は、交配→(世代を進める)→選抜→評価→登録という流れで、多くの場合、数年から十年近い期間を要します。育種の期間を決める要因のひとつは、その年に何世代を進められるかという生物的な限界、もうひとつは、数百・数千の候補株の中から目的の形質を持つ個体を見つける選抜作業の負担です。スマート育種が狙うのは、後者の「見つける・選ぶ」工程にデータと計測と解析を組み込み、品種開発の効率を上げることです。
農林水産省は、民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発を戦略的プロジェクト研究推進事業として実施してきた経緯があり、次世代栽培システムを用いたスマート育種技術開発の加速を図る予算施策も公表されています(内閣府 SIP 第3期 農業生産のスマート化 資料)。農林水産技術会議は、ゲノム情報や栽培環境情報などの「育種ビッグデータ」をAI等の解析手法と組み合わせた育種ツールや形質予測モデルを開発した研究成果を公表しています(農林水産技術会議 育種ビッグデータと育種支援システム)。令和6年度食料・農業・農村白書にも、スマート育種支援システムによる品種開発の効率化の取り組みが紹介されています。
このように「スマート育種」は、農林水産省や研究機関が推進する公的な技術枠組みとして位置づけられてきた一方で、個々の民間企業がどの技術をどの範囲で用いているかは、社内資料や公表報告に留まる場合が多く、一律に確認できるものではありません。当サイトでは、公的資料に基づく枠組みと、公式サイトで確認できた民間の公表例を分けて扱います。
フェノタイピング:形質を「測る」技術
品種の価値を決めるのは、収量・糖度・耐病性・草丈・開花期といった形質(表現型、フェノタイプ)です。フェノタイピングとは、これらの形質を速く・正確に・大量に測定するための技術総称です。従来は人の目と手作業に頼っていた形質も、現在は次のような方法で測りやすくなっています。
- 画像計測。カメラで生育途中の個体群を連続撮影し、葉面積・草丈・生育遅れを画像解析で数値化する方法。温室にカメラブームを付けた計測装置や、ドローンによる圃場の空撮計測が、研究機関・大学・民間の公表資料で確認できる代表的な実装です。
- 環境データとの連結。気温・日射・土壌水分等のセンサーデータと生育データを同じ時系列に並べることで、ある形質が環境に対してどう反応したかを評価できるようにする考え方。品種の評価を「良い・悪い」ではなく「どの環境でどう働くか」に近づける点がポイントです。
- ハイスループット化。多くの候補株・多くの系統を短期間に測定・記録する仕組み。測定台車や移動式カメラ、苗移送ロボット等が、公表例として国内の研究システムにも導入されています。
フェノタイピングの進展は、単に測定が速くなったことを超えてデータの標準化を伴います。たとえば同じ「草丈」でも測定時期・土壌条件・水管理によって値は変わり、異なる施設をまたいでデータが意味を持つようにするには、測定条件の定義と記録が前提になります。この点は、育種ビッグデータの活用が進むかどうかの分かれ目であり、農林水産技術会議の成果報告でも、異なる施設・作物のデータを統合する工夫が課題として示されています。
遺伝子情報(ゲノム)との並行性
もう一方の柱は、品種候補の遺伝子情報です。特定の遺伝子マーカーと形質の関連を解析し、苗のうちに候補を絞り込むゲノム選抜(マーカー利用選抜)は、既存の育種でも水稲や野菜の公表情報で扱われてきた手法です。スマート育種は、このゲノム情報とフェノタイピングのデータをあわせ持ち、モデル化することで、「この遺伝子組み合わせなら、この環境でこの形質がこう出る」という予測の精度を上げる方向を指します。糖度やしなびれの少なさなど、遺伝子だけでは捉えにくい形質にフェノタイピングのデータが効く、と説明される理由はここにあります。
公表できる事例と、まだ読めない部分
スマート育種まわりの情報は、次の三つの層に分けて読むのが分かりやすくなります。
- 公的機関の層。農林水産省・農研機構の研究成果報告(育種ビッグデータと育種支援システム、次世代栽培システム等)は、技術の考え方と目的が明記された一次情報として公開されています。研究の推進状況は公表された範囲で整理し、予算の変遷に関する断定は行いません。
- 国内種苗会社の層。育種農場・DNA検定・生産管理システムの公表は進んでいる一方で、「スマート育種」という共通の用語で技術をまとめて説明しているサイトはまだ多くありません。育種農場の公開、病理研究員との連携、DNAレベルでの種子純度検定などの公表(前提ごとに確認済みの情報)が、民間の取り組みを示す指標となります(【比較表】国内種子・種苗メーカーの公表欄参照)。
- 海外育種・アグリテックの層。海外の育種大手は、デジタル農業サービスや生育シミュレーション・計測ロボット等の公表が進んでおり、スマート育種とデジタル農業の両眼で展開を追う姿勢が有効です。詳細は【比較表】海外育種・アグリテック企業に整理します。
読めない部分についても整理しておきます。まず、個々の企業の育種技術の水準を、公表が少ない部分で比較することはできません。 「効率が何倍になった」「コストが何%下がった」という効果の数値は、各社・研究機関の公表資料で確認できるものだけで書くのが当サイトのルールで、確認できない場合は「公式サイト参照」としています。次に、スマート育種が「品種開発の期間を短くする」と説明されることがありますが、短縮幅は作物・形質・技術の組合せによって異なり、一律の断定は行いません。最後に、品種登録後の生産(採種・流通)の効率は、スマート育種の枠組みとは別の課題であり、混同しないよう区別します。
未来に向けた整理と現場での意味
スマート育種とフェノタイピングが現場にもたらす意味は、大きく二つに分かれます。ひとつは品種の供給側の意味です。育種期間の短縮や候補評価の大量化が進めば、同じ期間により多くの新品種が市場に出る可能性が高まります。もうひとつは栽培側の意味です。生育データが蓄積されれば、品種の特性と栽培条件の対応が明示されるようになり、生産者が品種を選ぶ際の手がかりが増え得るでしょう。
しかしながら、そのいずれも、品種の適応とる栽培条件の幅を広げる「品種の分つき」復号化の程度に依存します。ここでの整理は、技術の進む方向を示すことに限定し、順位づけや効果の水準への断定を行いません。さらに実際の品種名が使えるかどうかは、品種登録と育成者権のあり方(種苗法改正と品種登録)と共に考える必要があります。データ化が進んだ育種も、最後の一段階は「実物の種子」と制度上の品種という形で完成します。
本ページの参考となる一次情報
本ページの記述は、下記の一次情報に基づいています。最新の情報はそれぞれの公式資料でご確認ください。
- 農林水産技術会議 育種ビッグデータと育種支援システム(令和5年度成果報告)
- 内閣府 SIP研究成果資料(農業生産のスマート化)(スマート育種技術開発の加速の記述)
- 農研機構研究成果(アブラナ科野菜F1品種種子の採種効率の向上)(F1採種まわりの基盤技術の一例)
品種を実際に生み出す採種の側はF1採種と国際採種拠点、技術を使う人材の側はゲノム編集・職と人材、制度は種苗法改正と品種登録で扱います。
